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【アメフト偉人伝】ノートルダムの英雄 ジョージ・ギップ(1895-1920)

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ジョージ・ギップは25歳の若さで急逝した伝説的な選手。今でも色濃く語り継がれている人物です。ノートルダム大学の英雄として皆の記憶に刻まれ、もし彼が生きていればNFLの活性化はもっと早まっただろうと言われています。

 

愛情と尊敬を込めて「The Gipper 」と呼ばれるジョージ・ギップ。そんな彼の生涯を少し勉強してみました。よかったら御覧ください。

 

日本でもっとNFLが浸透しますように。

 

ノートルダム大学でニュート・ロックニーに出会う

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1917年、ミシガン生まれの彼は野球の推薦でノートルダム大学に進学しました。当時まだHCではなかったニュート・ロックニーは、彼の身体能力の噂を聞いたんですね。

そして彼を見に行ったら、遊びでパントをしていたらしいです。しかも60ydsを軽々と。足元みるとシューズは普通のタウンシューズ。「マジ?なんなのこいつ・・・」とニュート・ロックニーは彼に近づきます。

「なんでアメフト部に入らない?怖いの?」とロックニーが聞くと、「怖いなんて全然ない。僕は野球とバスケのスカラシップ生ですから」と返事をもらいました。ロックニーは大学にすぐさま走り「あいつをアメフト部に入れろ!!!」と交渉に走ります。

フットボール部入部 2回の無敗シーズンを経験

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ギップがアメフト部に入るのは、ロックニーと出会った翌年の1918年でした。ロックニーはHCになり、ここから二人のノートルダム大学物語がスタートするわけです。

この写真のギップの左隣にいるのが、グリーンベイ・パッカーズの創業者として有名なカーリー・ランボーです。二人はチームメイトだったんですね。

ギップはARMYとの伝統の一戦で、0-9と前半リードされてる展開から、12-9の大逆転劇の中心人物になりました。そして1919シーズンは無敗で全米1位に。そして1920年も同じく一度も負けることなく、全米制覇を果たします。

QBでありRBでありキッカーでもあったギップ

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もともとパントの練習しているところを見初められたのが始まり。ってくらいだから、彼の能力はすごかった。あるエキジビジョンマッチの「FG対決!」みたいな企画で50ydsを5本連続すべてゴールポストに叩き込んだり。HBとして試合124ydsを走りまくったり、またはQBとしてタッチダウンパスも投げたりと、彼のアスリートとしての能力は桁外れだったという伝説があります。

またある試合では、肩外れて鎖骨折れてるのにベンチからゲームに復帰して、大逆転劇を演じたりと、ジョージ・ギップの名は相手チームだけでなく、全米で大きなファンを作るうねりになっていたそうです。

ギップの最後

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鎖骨骨折のまま出場した試合がたたってか、ギップは悪性の風邪をひきます。この風邪がStreptococcus(β溶血性連鎖球菌)、いわゆる髄膜炎を引き起こします。当時抗生物質が存在しない時代でして、この類のものは不治の病で死を待つしかなかったんですね。

コーチのニュート・ロックニーは彼の病床に立ち、静かに神に祈るばかりでした。死の間際、ギップはこう語ります。

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「コーチ。もし、我ら偉大なノートルダム大学が苦しい試合をするような時があれば、是非私の話をしてほしい。『ギップが天国から応援しているから頑張れと。』そう伝えてください」

 

ロックニーの手を握りながら、神に愛されたジョージ・ギップはそのまま息を引き取りました。23歳の若さで。

 

実際にロックニーは、この話を、ゲームのハーフタイムのロッカールームで選手たちに話すそうです。そうすると学生たちは奮い立ち闘志を燃やすそうです。苦しい展開になったノートルダム大学がロッカールームから出てくる時、選手たちは皆涙を浮かべながら、後半戦に登場してくるそうです。そして、必ず逆転して勝利する。それがノートルダム大学なんですね。

 

「ニュート・ロックニー物語」で映画となる

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そんなジョージ・ギップとニュート・ロックニーのノートルダム大学は、もうスゴイ人気で、ニュート・ロックニー物語というハリウッド映画が作られるんです。当然主人公は、ヘッドコーチのロックニーとジョージ・ギップ。

そして、そのギップを演じたのが、当時ハリウッド俳優だったロナルド・レーガン。後のアメリカ大統領になる、レーガン大統領です。

 

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彼はこの役をもらって、一躍全国規模の知名度を得るようになり、後に大統領選挙に出馬するようになるんですね。ま、それくらいジョージ・ギップはレジェンドだということですね。

 

まとめ

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ジョージ・ギップの話を勉強してみましたが、なんともアメリカらしくて素敵ですね。本当にこういう人がいたんだなと思うと感慨深い。それに彼を通して見ると、ノートルダム大学の人気が高いのも、大学フットボールがみんなの注目をあびているのも、大変納得できました。

ということで、ジョージ・ギップの紹介記事を終わります。日本でもっとNFLが浸透しますように。