1970年代スティーラーズ王朝を作った核となるレジェンドプレイヤー。1969年から1981年の12年間をずっとスティーラーズでプレイ。彼を中心としたD#チームは別名「スティールカーテン」と呼ばれ敵チームから恐れられた。
スーパーボウルを4回優勝し、10回プロボウルに選ばれ、2度の最優秀ディフェンス選手賞を獲得。1987年にプロフットボールの殿堂入りをされてます。
ジョー・グリーンの年表
1946年 テキサス州生まれ
1962年 ダンバー高校でアメフトスタート
1965年 ノーステキサス大学でプレイ
1969年 全体4位でスティーラーズからデビュー
1974年 第9回スーパーボウル優勝
1975年 第10回スーパーボウル優勝
1978年 第13回スーパーボウル優勝
1979年 第14回スーパーボウル優勝
1981年 引退PITのDLコーチに
1987年 プロフットボールの殿堂入り
1991年 MIA DLコーチ
1996年 ARI アシスタントHC就任
2003年 コーチ業から引退
引退後のジョー・グリーン
1981年に現役生活に幕を下ろし、1987年にプロフットボールの殿堂入りを果たします
現在では、出身大学のノーステキサス大学に、ゲストコーチとして呼ばれたりしているようです。
今でも彼の功績は大学の名誉として讃えられ、玄関には銅像が立っています。
スティーラーズの本拠地ハインツ・フィールドではジョー・グリーンの功績を讃えるため、背番号75のジャージが飾られています。
創業者のアート・ルーニーがご存命中に、ドラフトで指名を受け、スーパーボウルを4度優勝。彼の引退には息子のダン・ルーニーが讃え、そしてダン・ルーニーがアワードを受けるときには、ジョー・グリーンが讃える。リスペクトの連鎖が美しい。